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法則限定!雑記とWeb考古学

2010/01/20 (水)

喧嘩と花火は江戸の華と言うけれど...

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 ウリナラでのそれはニッテイザンシではないのかね?

 まずは http://minswatch.g.hatena.ne.jp/fujiyoshisyouta/20100120/1264003165 からの転載。いやもう、心の祖国ってことでいいでしょ。

 国会での「空中浮揚事件」などで起訴された民主労働党の姜基甲(カン・ギガプ)議員に対し、無罪判決が言い渡されるなど、常識外れで国民感情を無視しているかのような判決が続出している

 そーいや、どこぞの国の与党も、司法の独立性を覆そうとしてるようですが。

 「日本だって...」といういつものパターンが織り込まれています。詳細は以下の記事参照。

日本では1960年代にいわゆる「進歩傾向」の最高裁判所長官が相次いで登場し、最高裁判所裁判官の多くを占めたことから、「進歩的な判決」が増えた。代表的な例を挙げると、66年、最高裁判所が東京中央郵便局労働組合事件で「公社の労組活動は処罰できない」と判断したほか、69年には「教師らの労働組合活動は処罰の対象にはならない」という判断を下した。1・2審でも、進歩傾向の強い判事や弁護士らが参加する「青年法律家協会(青法協)」所属判事による「異例の判決」が相次いだ。

 とまあ、判事が偏った思想を持ち、なおかつそれを判決に反映してるじゃないか、という問題が持ち上がったわけです。

 当然、判事が政治的に偏った思想を判決に持ち込むのは、「法の下の平等」を侵すものであり危険ですね。そういうわけで、そうした偏った判事にいかに対処するか、ということが問題になるわけですが、記事でも言及済みのように、たとえば政治が判事の人事権に介入しようとすれば、それは三権分立の原則を否定することにもなりかねません。

 っつーか、OINK裁判が当たり前のウリナラの新聞でもわかっているようなことを、わが党の議員たちは理解できているのかどうか・・・(笑)。

法曹界では、「最近の裁判所を見ていると、社会の対立を調整するのではなく、むしろ対立を助長しているのではないか」という声が出ている。進歩的な考えを持つ裁判官らが量産する問題判決が、社会で波紋を引き起こし、さらに裁判所の内部でも「到底理解できない」といった批判が続出する傾向にあるためだ。

 なんか既視感が。

法曹界では、「裁判官が先に結論を出し、事実関係の解釈や法理を後から付け加えているのではないか、という疑念が生じる判決もたびたびある」と指摘する。ある検察官出身の弁護士は、「このような判決を指す、“巧妙な司法”という造語も登場している」と話した。

 いまにはじまったことじゃ・・・*1

裁判所に比べ検察があまりに若年化しているという

 どうも、若い世代の法曹に親ノムの傾向が強いそうな。ソースは上の方で挙げた記事。

暴力デモの容疑者は、平和的なデモではメディアで取り上げられないという。政治家にもそうした側面がある。政治家の言葉も、話にならない主張はメディアが報じるべきではない

現在、大韓民国で司法の独立が本当に危ぶまれているのであれば、その原因は司法に対する世論の批判ではなく、国民の信頼を裏切った裁判官たち本人にあるはずだ。「司法の独立は守られるべき」と国民が信じてこそ、初めて司法の独立は保たれる。

*1OINK

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